♪あぁあぁ またまた入院! これで最後にして〜。 の巻♪
2008年 桜の咲く頃 私は再び入院&手術をすることになりました。
1回目は1998年6月。 右卵巣破裂で緊急手術。(右卵巣摘出)
2回目は2004年2月。 子宮内膜症&子宮腺筋症のため子宮摘出。 左卵巣の膿腫摘出。
そしてこの3回目の手術は 10年間ロンリーで頑張ってきた左卵巣を摘出。
今回の手術を受けるのには 私自身いろいろ考え決心をしてのぞみました。
この自分の体験を残したいと思います。 同じ病気で頑張っている人たちのために。
自分のHPからのリンクではなく 単独にHPを立ち上げて。 (どこの誰かわからないように書き換えて)
でも、まずは 12日間の日記を。。。
よかったら 1回目と2回目の日記も見てください。 ただし 長いので日が暮れます。(笑)
( MUNENOUTI に 残してあります。 第6号(11月23日) 「えんちゃんの あぁまたしても入院!の巻」 前編 後編 )
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入院 1日目。
入院&手術は 『 おしっこ うんち おなら 』 の 生活だ!!
決してお下品な笑いをとろうと思って書いているのではございません。
ほんとーのお話し。 毎日 何気にしてるこの行動?が むっちゃ大事なのであります。
手術の3日前から 下剤を飲んでました。
えんちゃんは もともとお腹をよくこわす人で 下剤は効きすぎる傾向にあり これまでも 下剤による
「涙と笑いの物語」を経験済み。 なので ビクビク。
最初の1錠を飲む前に 買い物を済ませておく用心っぷり。
まぁ 1日目は それほどでもなかったけれど 2日目は 怒濤の下痢生活。
それでも、食べる時間と出る時間を工夫?して コーラスの練習に行った私は大バカ野郎。(笑)
ぺちゃんこのお腹でちーっとも元気のない声しか出なかったけど なんとか乗り越えたし!
手術の前日に入院。
到着したら ものすごーくバタバタしていて(急患があった模様)
病室に行っても しばらく待機状態。
何もしてないのに きっちり昼食だけは頂いた。(笑)
食後に 「さきにシャワーに行って来られますか?」 と言われたのやけど
お腹グルグルで それどころではなく 後にしてもらう。
1時間後 もう一度 シャワーを勧められたけど うんうんうなってる状態で またしても
それどころではなく。
グルグルが落ちついた頃 病院も落ちついて いろいろ手術前の検査を受けるのだけど
途中でまたグルグルになって 検査を中断してもらったし。(汗)
下剤でお腹の中に食べ物を貯めないようにしているえんちゃんに もうひとつ試練が・・・
それは 蓄尿ってやつ。
容器で取って 大きな入れ物に貯めとくんよ。 (普段の尿量を調べるらしい)
これがね、ゲリピー なのに おしっこだけ取るっちゅうのが難しい。。。(汗)
しかもね、
こんなけ毎回苦労して蓄尿しているのに、 おしっこだけにWCに行った時は なぜか蓄尿を忘れそうになる。
トイレに座ってから 「あっ!!」 と 思う。
または 容器を持って入ったのに 容器のフタを取るのを忘れて ・・・・
えらいことよっ!!!!!!!!! (ご自由に想像なさってくださいな:笑)
看護婦さ〜ん
トイレのドアに 「えんちゃん おしっこ取りや!!」 と 張り紙をして〜〜〜〜〜〜 !!(笑)
でもね、頭はボケボケやけど 途中で ピッと止められたんよ。 おしっこ。 (笑)
なので被害(笑)は最小限。
ふふ まだまだ 若いぞ ワタシ。
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伊藤病院では 入院した患者さん&産婦さんに ステキなプレゼントが待っている。
それが これ。
クマさん。 可愛いでしょ♪
首もとのタグには 「Take me home」 おうちに連れてって と書いてあります。
この写真じゃ見えないねんけど 「Ito Hospital 」
のロゴ入りの ナイトキャップをかぶってるねん。
そうなのだ。 伊藤病院のオリジナルクマさんなのだ。
患者さん用と産婦さん用の2種類があって、えんちゃんは ベッドで添い寝してくれる患者さん用。
大人になってもこういうプレゼントは嬉しい。
手術前で ナーバスになってるし 心に染みる〜〜。
で、このクマさん 名前があるねん。
その名も 「イトウくん」(爆)
どなただか 患者さんが命名したんだと 伊藤先生のブログに書いてあったけど
ホンマに ナイスネーミング やと思う。
で、婦長さんも 「イトウくん」 と呼んでいたので もうすっかり定着した名前なんやね。
いろいろ検査したあと 同室の (2人部屋やねんけど 後にここが4人部屋だとわかる・・・・)
ジュンちゃん(仮名)と なごなごしながら夕食。
美味〜〜。
手術前なので 消化の良いものですよ・・・ と出されたけど
充分ご馳走やし!!
ジュンちゃんは術後2日目で えんちゃんが来た時は まだ管付きでしんどうそうやったけど
午後には管を抜いてもらって シャワーを浴びてすっきりして 顔色も良くなって
ベッドの上に立って ご飯を撮影していた。(笑)
えんちゃんとはメニューが違ったけど 術後二日で けっこうしっかりした食事をしていた。
切腹しないで 腹空鏡で手術したら こんなに回復が早いのかとビックリ。
手術は翌日の午前10時の予定。
お浣腸やら なんやら いろいろ儀式があるので 6時頃には起きないといかんらしい。
9時消灯は早いけど 安定剤も飲んだし
連日バタバタして疲れていたし 「イトウくん」 に 優しく添い寝してもらって ぐっすり。
「えんちゃんさん!」
「えんちゃんさーーーーん!!」
ん? あ?
「そろそろ 下に降りてきてくださーい。 持ち物は 貴重品だけでいいですよ〜〜」
って。
って。
いやぁ〜〜〜〜〜ん!!
手術当日に まさかの 朝寝坊やしーーーーーーーーーーーっ!!
そして
あ〜りゃぁ〜〜〜〜〜〜!!
「イトウくん」 ごめんねーーーー!! 許して〜〜〜〜〜ぇ!!
えんちゃんを励ましてくれた 「イトウくん」 は なんと
ベッドと壁の間に挟まって 首つり状態。。。
うっ・・・ うっ・・・
って 泣いてる場合かぃっ!?(汗)
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急がねばっ。
だいたいえんちゃんは滅多に寝坊はしない。 と いうか しない。
なのに むちゃむちゃ大事な日に ハデな寝坊をしたことがある。
それは 義母のお葬式の日。(汗)
それまでがバタバタで疲れていたとはいえ爆睡やなんて。
長男の嫁やのに。(超汗)
いゃ そんなことを思い出してる場合ではない。
とにかく 急がねばっ。
おトイレに急がねばっ。(笑)
これからお浣腸の儀式やのに それまでにもう ・・・ 大変だピー。
「えんちゃんさーん ご用意できましたかぁ?」
「う。 ハミガキだけして行きますーーーー」 あぁ 情けね。
前回の手術は 看護婦さんがトンチンカンなことをするので 「涙と笑いのお浣腸物語」だったけど
今回は 「愛と優しさのお浣腸ストーリー」。
お浣腸にはいろいろな思い出があって とにかくここを無事通過できたことで ホッとした。
そのあと 点滴やらいろいろ術前にあるのだけど その看護婦さんが なんと
えんちゃんのコーラスの先生がやってるグループ(ソフィア&ペパーミンツ)の
メゾソプラノの イノちゃんにそっくり!!
めちゃめちゃ そっくり!! きっとイノちゃんが若かった頃はこんな感じやったんだろう。
もしかして 姉妹? 親戚? と 聞きたいのだけど
なんかそんな雰囲気ではなかったのでやめた。 (当たり前だ。 手術前だ)
手術室に入った。
なんか 落ち着ける感じの手術室。 (大学病院は 寒々とした感じやった)
いよいよまな板の上の鯉。
いのちゃん似の看護婦さんと婦長さんとのやりとりが なんかホッとする。
すごくリラックスした感じが なんかえんちゃんにも心地よい。
そして あ この人達なら大丈夫 という安心感。
婦長さんって 多分 えんちゃんの母親より年上だと思うんやけど めちゃめちゃカッコイイねん。
はいっOK〜〜〜っ! って シャキシャキされてる。
もう患者側からしたら 絶大なる安心感。
まな板の上のえんちゃんは 麻酔が効いてちょっと活きが悪いけど どうぞ 調理?してくださいませだ。
神様 伊藤先生様 切腹しないで 腹空鏡で手術が成功しますように。
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気がついたら 病室(個室)だった。
麻酔から覚めたら あかんべ〜してね などなど 麻酔科の先生と約束したのに
私は ちゃんと できたのやろうか?
過去2回は ビックリして飛び起きて めちゃめちゃ寒かったり 呼吸器が おぇっと喉から
抜かれたりするのをわかっていたのに 何も覚えてない。(またねぼう?)
手術室から個室へ移ったのも覚えていない。
痛い。
すごく痛いけど 前回の痛みに比べたら ヘ だ。
「どうやったん?」
チカラを振り絞って声を出すけど か弱い。 喉に管が入っていたせいで喉が痛い。
「全部 とれたって」 と ダンナ。
ちゃうねん。 そうじゃなくて お腹 切腹なん? 腹空鏡なん? そっちが聞きたいんや!
「癒着がひどくて大変やったけど 腹空鏡でできたんやで 時間もほぼ予定通り」
良かった♪♪
伊藤先生 ありがとう。
安心して そのあとも ずっと うつらうつら 痛いけど うつらうつら。
あとは 元気になるだけや。
腹空鏡にこだわったのは コーラスを休みたくなかったから。
ミュージカルの練習を休みたくなかったから。
仕事も 長い空白を作りたくなかったから。
4年半前 子宮を取ったことで 毎月の痛みから解放されて それ以降に一生懸命やりはじめたことを
中断したくなかった。
好きだから。
それが一番の理由。 だけど もひとつ 理由がある。
以前の卵巣破裂で治療が遅れて命が危なかったのは
猛烈な痛みだったのに 私がそれに耐えることができてしまったから。
呼吸法でしのげるんよ。 ラマーズ法に似てると思う。
それと いつも痛いから 痛みになれていた。
高校生の時から 毎月 痛み止めなしではいられなかった。
(そのうち市販の薬では効かず 量も増えていく・・・)
就職前には 産婦人科に行って検査をしてもらった。(この時かなり屈辱的な経験をした)
働きだしたら なかなか休めないからね。
でも 体質だと言われた。 ガマンするしかない。
結婚して 子供も授かったし、 やはり 体質なのか。
二人目出産後から いよいよおかしい。 25歳。
7〜10日間の月経。 2日目をピークに5日間くらいは薬なしではいられない。
排卵期前後の出血と痛み。
月経1週間前から少しずつ痛み出し ものすごくしんどい。
月経周期が28日あかない。 23日くらいかな。
なので 痛みのない日は 月に4〜5日あるかないか。
月経2日目は 猛烈な痛みが襲ってきたら トイレにいくしかない。
レバー状の固まりが ドバドバ出てくる。
出きったら さーっと出血。 かなりの量だと思う。
うんざり げっそりと 水洗レバーをひく。
もちろん 病院は 何軒も行ってる。
いったい何人の医師に診てもらっただろう。
しかし 異常なし だと言われる。 体質でしょうと。 不思議と貧血もなく。
生理にあわせて予定をたてる。 行動する。
痛みのピークにあわせて 薬を調整する。
夫や子供が帰宅した時に 元気でいられるように薬を飲む。
働くなんてこと 考えられなかった。
何か好きなことをやるって余裕もなかった。
(正確には 人と何かをすることができなかった 迷惑をかけるので)
幼稚園の役員をやっていた時 みごとに行事が月経周期と重なり
トイレに行けない行事の時は 事情を話して欠席を申し出たら
「オムツあてればいいじゃない」 と言われた。 同じ女性にわかってもらえない。
命を脅かすことではなかったので 泣いてはいなかったけど でも 楽しくはなかった。
35歳で 右卵巣を取ったけど 子宮内膜症とわかってホッとした。
40歳で 子宮を摘出して 新しい人生が始まったと思った。
好きだった音楽を もういちど 始められる。 PTAコーラスはすごく楽しみなことになった。
一度 卵巣癌疑惑があって 左卵巣を残したことを後悔したけど
疑惑が晴れたときに 生き延びた感があって
何でもやりたいことをやってみようと飛び込んだエンジェルハーモニー(ミュージカルの方)。
やりたいことができて めちゃめちゃ嬉しくて一生懸命やってきたから (あ 仕事もね)
開腹して 声がお腹から出なくなることがイヤだった。
やっと やっと 少〜しだけ上手になってきたのに。
(開腹した時は復帰に2ヶ月かかってしまって)
子宮内膜症という病気は 詳しいことが比較的最近にわかってきた病気なので
すぐにわからなかったのは仕方がないと思う。
体質 と 判断されたことで 知識の薄い医師にホルモン治療をくり返し受けなくて済んだことも
考えようによってはかなりラッキーだ。(医師によってはホントに酷かったらしい)
伊藤先生は 日本の産婦人科で 一番最初に腹空鏡下手術を広められた先生。
伊藤先生のおかげで こうやって 腹空鏡の手術を受けられたし
腹空鏡が当たり前になりつつあって
腹空鏡でお腹の中を覗いて 子宮内膜症と確定診断し治療することもできる時代になった。
退院後 すぐに歌ってます。
さすがに大きな声は出なかったけど 退院二日後には 急遽 京都新聞の取材を受けることになり
衣装を着て歌ったよ。
パジャマの二日後 真っ赤な衣装を着るとは思わなかったけどね。(笑)
全部取ってしまって 喪失感で泣く女性も多いみたい。
でも 私は 逆に 嬉しい。
これから なんでもできるんやから!!
入院日記 まだまだ 続きます。
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手術当日は うつらうつら。
全身麻酔の影響なのか ものすごく体が疲労しているのか。
1時間おきだか 何時間おきだか知らないけれど
看護婦さんが診に来てくれる。
時には 起こさないように そ〜っと。 時には 優しいことばをかけてくれる。
すごい安心感。
前の手術は あり得ないような10人部屋で 隣とのベッドも接近していて
寝ているだけでも大変やったのに ここは個室。
寝ていて周りを見ることも出来ないけど きれいな広々とした個室。
翌朝から いろいろ体についていたものが取れていく。
電動ベッドなので起きあがるのもラク。
ひょい と 立って歩くことも出来た。 すごい! お腹を切らないって すごい!
看護婦さんに体を拭いてもらう。
暖かいタオルを肩にかけてもらう。 温かい。 嬉しい。
お風呂のかわりなんやね。 清拭って。
いろんな話をしながら拭いてもらう。 気持ちがほっこりゆるむ。
体を動かしたので活発になったのか 腸がグルグルいう。
癒着をはがしてるせいか 擦り傷をゴシゴシこすってるかのような痛み。。。
出そうだ。(笑)
前は なんせギュウギュウ詰めの10人部屋やったので ガス放出には気を遣った。
でも ドカーーン! と恥ずかしいのが出たとしても そこは術後なので
「あら おめでたいわね」 で 済むんやけど
お見舞いの人がいる。(えんちゃんのではなく 他のベッドの患者さんの)
入れ替わり立ち替わり 長々と。
こっちは すかす腹筋もないくらい痛いんやから たまりませんで。
しかし ここは個室。
パンパカパーンと ファンファーレを鳴らしたいくらい いい音のが出て 手術成功の証になった。
そして 翌日早々に ブツも出て めでたい めでたい。
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術後2日目。
この日は 手術室のある階の個室(おトイレ付き)から相部屋にお引っ越し。
実は この病院では 個室が当たり前やと思っていたので どーせやったら快適に過ごしてしまおうと
本や 楽譜 CD MD等 めいっぱい持ってきていた。
でもいろいろ考えて ジュンちゃん(仮名)のいる部屋に戻った。
結果的に 個室より相部屋の方が良かったなぁ〜って思う。
食事の時には 美味しいねぇ〜って言いながら楽しく食べられるしね。
やっぱ 何日もひとりは淋しいし。
ということで、 おトイレは 点滴の棒を押しながら ヨチヨチ行くことに。
もう点滴は 朝晩だけやってんけど 量が多いし 時間も長いので どーしても途中で
トイレに行ってしまう。
えんちゃんには大きすぎる病院のお寝間着を着て お腹には血液が入ったドレーンのBAGを付けて
前屈みになって 首にスジ立てて 細い腕を出して点滴棒を押しながら歩く姿が
鏡に映った。
うわぁ! なんて点滴の似合うえんちゃん!!
だれかっ 写メ 撮って〜〜〜〜〜〜〜〜ぇ!!(爆)
なんて思いながら 部屋に戻っていく時に ふと思った。
流しただろうか?(汗)
というのも、右手に点滴を付けているので すごく困難なのだ。 おトイレ中。
でもって、 個室内に とても綺麗な手荒いがあって 流さなくても手が洗える。
なんかリズムが狂う。
必死の作業に 美しいお手洗い。
これが うっかりボケを生む。(笑)
絶品の点滴姿でおトイレに戻ったら やはり流していなかった。
後日、おトイレに行ったら やはり 何度か流してない光景に出くわした。
みんな 必死なんだなぁ〜 と思った。(苦笑)
夕方 診察を受けてお腹のドレーンが取れた。
お腹の穴を ホッチキスで留めてもらった。
痛かったけど スッキリした。
手術の翌日から 何が一番辛いといえば 尾てい骨。
ドレーンのために 寝返りがうてない。
寝返りはしてもいいねんけど 痛いのだ。
でも、ずーっと上向きなのも非常に辛い。
時々 ベッドの柵にしがみついて 横向きになったりもしてけど
それまた辛い作業。
しかし ドレーンが取れて自由の身。 寝返りもドンとこい。
その夜は とてもとてもリラックスして眠りについたのだった。
が。
しかし。
夜中に ドカーーーン と 爆発音!!
びっくりして飛び起きたのやけど 何かが起こった気配がない。
でも、確かに音はしたし 体もかなり揺れたのだ。
???
と 思っていたら
ボムッ!!
と 爆発音と振動。
えんちゃんの可愛いお尻の方から。
無意識。
おぉぉぉ あの爆発音は
まさかの 【寝ながら放屁】 らしい。 (爆)
術後から ずっと腸が活発やったけど ドレーンがとれてますます活発になり
えんちゃんもリラックスして寝たんで そんなことになったんやろうね。
ハッと 気がついた。
ジュンちゃん、笑いこらえて苦しんでへんやろか??(笑)
そーっとのぞいたら 寝ているようだった。(多分)
ま、とりあえず ビックリしたけどえんちゃんのお腹も快方に向かってるみたい。
とても めでたい夜だ。(笑)
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食事も流動食から 今日ピッチで普通食へ。
病気入院でも お産の人と同じメニューらしい。 病院は病気入院の食事に関しては赤字だと思う。
お粥についてくる 梅干しも美味しい。 梅干し苦手なワタシが美味しいというのだから美味しいのだと思う。
普通食になると ホンマにここは病院かいっ!? てなくらい美味しい。
でも 豪華絢爛ではないねん。
おもてなしの食事だと思う。
病院にいて お昼は どこかでランチしてるような感じ。
でも そんな日の夕食は ほっこり家庭的なご飯。 嬉しい。
流動食のヨーグルトも可愛く。 こんな優しさも嬉しい。
相部屋に移って初のお昼ご飯。 普通食一歩手前。
トマトもこんな風に盛ってもらえると断然食欲が出ます。
(えんちゃんのいつものお昼ご飯よりリッチ・・・)
記念すべき普通食到来の朝ご飯。 めっちゃおいしい〜。
(新婚旅行のホテルの朝食以来!?・・・・・・ 普段 いかに手抜きで質素か・・・)
外は桜満開。 お花見に行きたいな。
こんな盛り方をしてもらえると 病人はすごく嬉しいねん。
普通 病院で このランチメニューはあり得ないよね。
プチトマトのお花に にんじんの蝶々。
ポンと切って出せばラクなのに、こうやって楽しませてくれる。 おもてなししてくれてるんやね。
手作りおやつ。 最高。
超最高。
ほっこり煮物も おうどんも グラタンも シーフードサラダも美味しかったけど
えんちゃんの一番美味しかったと思うのはこれ。
八宝菜。
見た目に美しく すごく美味しかった。
厨房のみなさん、心のこもった美味しい食事をありがとうございました。
心も元気になりました。
夕食のあと 看護婦さんが 血圧やお腹を診てくれる。
「えんちゃんさん、 ちょっとお腹が張ってませんか? 大丈夫ですか?」
「え・・あの・・ お腹イッパイで!」 (爆)
う。 食べ過ぎで お腹が出てるだけですわ。
傷の上から 防水の透明フィルムが貼ってあって、ドレーンを抜いたらすぐにシャワーができるという
ありがたさ。
でも、フィルムを貼った時は お腹がペちゃんこの時。
そのうち 食べ過ぎでフィルムが破けるんちゃうかと心配したわ。(笑)
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「腹空鏡下手術」 とは お腹に数カ所穴を開けて 器具を入れて手術する。
お腹の中の様子は やはり穴からカメラを入れて映し出して見る。
ということで 手術の様子をビデオでみせてもらった。
自分のお腹の中を見るなんて不思議な気分。 (どんな顔で寝ていたかも見たかったかも・・・笑)
「解剖学をわかってる人でも よくわからないお腹でしたよぉ」 とは看護婦さん。
予想通り かなりの癒着だったらしい。 大腸まで癒着してたって聞いたけど それってすごい?こと?なんかな?
でも、そんなお腹なワケだから しょっちゅうお腹こわしてるのもわかるような気がする。。。(強烈な胃下垂もあるし)
ほとんどが癒着を剥がす作業やったんやと思う。(延々とビデオ早送り・・・)
上等な焼き肉屋さんで ホルモンをハサミでプチプチ切ってくれるんやん?
そんな感じ。(上等な焼き肉屋さんに行ったことないけど・・・汗)
カメラを見ながらの遠隔操作で よくもまぁ こんな細かい作業ができるんもんや。
癒着を剥がした腸を ひと針縫ってたんやけど
そりゃぁまぁ 素晴らしい糸の結び作業!! 私なんて 靴のヒモ結ぶのもヘタッピやのに〜〜。
しかし。
卵巣ちゃんが 見あたらない・・・!?
どこどこ? と探していたら 腸に守られるように 腸のうにゅにゅの中に 癒着して居った。
こんなことろで 破裂したらえらいことになったやろうなぁぁぁ。
破裂前に 取り出せてよかった。
で、写真で マイ卵巣ちゃんとご対面。
なんじゃ? こりゃ?
それは 想像も妄想も超えた物体やった。
看護婦さんも 「卵巣らしき物体」 と言っていた。
「もしも 前に手術のときに卵管を残してたとしら〜
ここが卵管やったんか〜って感じで〜 それが卵巣とくっついて〜 なんかそんな感じ〜〜?」
そっ そんなアバウトなもんが 私を苦しめておったんかいっ!(笑)
これまで 何度か エコーで なんかちょっと気になるような形が見える とか 怪しいモノが・・・
なんて言われて たんびにMRI撮って 癌じゃないかとか調べたけど
ほんまに充分怪しいブツではないかいな。
で 何かわからんようーなモノが出たってことで、 ちょこっとガン疑惑が 私の胸に残った。
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待ちに待った抜糸。
抜糸と言っても ホッチキスやからねぇ。 でも 一瞬一瞬は 痛いんよ。
でもそのホッチキスが取れると ものすごく体が伸びた気がする。 お腹の開放感!!
クシャミOK!! (まだ痛いけど)
そして 外出OK!!
そーなのだ。 この病院は 抜糸がすんだら外出させてくれる。 リハビリやね。
同室のジュンちゃんは私より数日早く抜糸していたのに なぜかずっとベッドで過ごしていた。
(外出OKを知らなかったみたい)
【初めての外出は誰かと一緒に】 だそーで ちょうどダンナが来る日やったんで
ダンナを保護者に認定して 私とジュンちゃんと 初外出。
婦長さんが チーズケーキでも食べてこられたらいかが? と勧めてくれたんやけど
ジュンちゃんが体重を気にしていたので 散歩にした。
ベッド生活は 足が弱る。
思うように歩けない。 エアマットの上を歩いているようで ふわふわする。 しんどい。
本屋さんに行って 雑貨屋さんをチラッとのぞいただけでギブアップ。
たった30分でヘロヘロ。 疲労困憊。 座りたい。 横になりたい。
が。
小さな洋服屋さんにすごい人だかり。
バーゲンやっ!!
ちょっとだけね。 しんどいから 少しのぞいてみるだけ・・・
と 言いながら 女の欲求はもう抑えられない。(爆)
私もジュンちゃんもしっかりお買いあげ。
入院中にお洋服お買いあげ〜〜〜〜。
なんか そこの男の店員さんがみょーに個性的やったん。
中年で 細くて 弱々しい感じで 声も小さくて いっつも下向いてて。
「安いです」 「ギリギリです」 「ギリギリです」 「・・・ギリギリです」 と時々つぶやく。
「いらっしゃいませ〜〜〜ぇ どーぞ見ていってくださーーーぁい」と仕事でやってるえんちゃんには
悪いけど バカウケやし。
それから退院まで 連日「ギリギリのお店」に顔を出すえんちゃんでありました。(苦笑)
もしかしたら
毎日夕方の同じ時間に 同じ服を着た女が来るのを その店員さんも不思議に思っていたかもね。。。
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外出2回目。
この日は ダンナとふたりで のんびり桜を見に行った。
病院は植物園、 鴨川のすぐ近くで 連日 桜を見に来る観光客でごったがえしていた。
さすがに術後に人混みを歩くのはキツイので
娘の通っていた高校の近くの疎水の桜を見に行った。
穴場だと思うのよ〜。
娘は入学当初 この小さな疎水を 鴨川だと思っていたらしい。(爆)
今日の散歩は昨日より少しラク。
昨日は Gパンのボタンがちょうど手術の傷の上に当たって痛かったん。
なので、違うGパンを持ってきてもらったのだ。
しかし!
ダンナは 頼んだGパンしか持ってこなかった。
洗濯したパジャマは?
下着は? 靴下は? タオルは?
涙。
ダンナの言い分はこうだ。
「おまえは Gパンを持ってきて って 言っただけや 他のもん 持ってこいとは言っててない」
怒。
確かに パジャマを持ってきてとは言ってません。 そんなん持ってくるのは当たり前やと思ってたし。
で、何かあってダンナが来られなくなってもいいように
多めに持ってきてることも 言っていた。(それが油断を与えたか?)
しかしだ。
病院で過ごす者にとっては お着替えは すごく気分転換なのよ。
ダンナ自身、入院する時は 昼間用のパジャマと寝るとき用のパジャマを分けていたではないか。
明日は 絶対持ってきて!! ぜ〜〜んぶ持ってきて!!
と しつこく言ってやった。
そんなこんなしていたら 娘から連絡があった。
娘は 今夜 大学生になって 初の お花見の予定だ。 お酒は飲んだらアカンと言っておいたが
ものすご〜〜く楽しみにしていた。
なのに。
しんどいから学校の保健室で熱計ったら 38度をこえているので 帰宅すると言う。
可哀相に。
大学入学して緊張してるし 私が入院してるし で 疲れたんやろう。
ダンナも急遽帰宅。
しかし 運の悪いことは重なるもので 娘は JRで事故があったとかで 1時間以上電車に缶詰になってしまった。
ダンナが 家に帰ったときは 娘の熱は39度になり あまりのしんどさに泣いていたらしい。
「熱は出しきって治す」
というのが我が家流で 娘は滅多なことで病院には行かないねんけど
遅ればせながらのインフルエンザも流行っていたし 病人が家にいたら 私も心配やし
退院したときに 風邪ウィルスの蔓延した家に帰るのもイヤなので
翌日は 休日診療所へ行った。(10数年ぶりだ〜)
そんなこんなで ダンナもすっかり疲れて 「お見舞いには行けない」 と連絡してきた。
ちゅうことで
えんちゃん 着たきりスズメ決定。 (爆泣)
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ジュンちゃん(仮名)が退院した。
ジュンちゃんは筋腫だった。
「ダンナはもう50歳を超えてるんですぅ 私も子供を産むにはそろそろ限界の年なんで手術しました」
は? 何をおっしゃる?
ダンナの年ではございません。 ジュンちゃん あなたです。
私は ジュンちゃんは20歳前半かと思ってました。 とにかく30歳には見えません。
本当の歳は明かさなかったけれど 話では 35歳以上40歳未満と思われます。
えんちゃんも歳を聞かれました。 ちゃんと 44歳 と言いました。
え〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!? と 超ビックリされました。 30歳くらいでしょ!! って。
すっぴんでパジャマ姿の女の化かし合い ですな。(笑)
ジュンちゃんは どーもわりと新婚さんっぽい。
しょっちゅう ダンナさんとメール&電話してた。
モーニングコールにお昼休みに 三時に 帰宅頃に 夕食頃に お風呂の頃に 寝る前に。
ちょっと舌っ足らずなしゃべり方で めっちゃ仲良しな感じでしゃべっていた。
ジュンちゃんの退院前夜 ダンナさんは ジュンちゃんの退院が嬉しくて嬉しくてたまらない と
何度も言っていた。(ダンナさんの声がデカクて えんちゃんにまで聞こえる:笑)
「明日は 10時頃に病院に来てね」
そうダンナさんに ジュンちゃんは言っていたのだが
「えんちゃんどうしよう!! 今 トイレの帰り 何気に窓から外を見たら
ダンナの車が駐車場に停まってる!!」
時刻はまだ朝の7時だ。(爆)
昼間なら家から病院まで2時間かかるという。 休日の朝なので空いてるとはいえ
いったい何時に家を出て 何時から駐車場にいるのだろう。(笑)
さすがに お産ではないので 早朝に病院のインターホンを押すことはためらったのか
駐車場で待ってたんやね。
「私はぜんぜんかまわないんで アタシが顔を洗ったら ダンナさん部屋にきてくれてええよ〜」
さて。 えんちゃんは ジュンちゃんのダンナさんとは初対面。
娘は会ったことがあって(えんちゃんが個室の時) イカツイけど 可愛いと言っていた。
可愛いジュンちゃんのダンナさん、毎日ラブコールしてたダンナさん、
空想と妄想は膨らむ。
7時過ぎ マナーモードにし忘れて 豪快な着信音を鳴らしながらダンナさん入室。
「もしもし あ 今 ジュンちゃんの病院にきてますねん。 もう嬉しーて もう嬉しーて」 と
話す ジュンちゃんのダンナは
女子アマプロレスの わっはっはーわっははー と笑う親バカオヤジ にそっくりな どでかい人だった。
どかい体に 金のネックレスに指輪。 可愛い可愛い笑顔。
インパクトでした。
「もう おとなしく待ってられませんでしてーーーーん!! すんません 早くから」 と
笑顔で謝る50歳半ばのオヤジ。
早くから来たことを怒らないジュンちゃん。
なんかね ちょっと反省したよ。
聞いてないとか荷物が増えるとか言って着替えさえ持ってこない我がダンナ。
着替えを持ってこないくらいで怒るワタシ。(汗)
ジュンちゃんは 癒しの雰囲気たっぷりで優しい人でした。
1週間ちょっとやったけど ありがとう。
さいごに ラブラブぶりをみせつけてくれてありがとう。
おふたりに きっときっと 赤ちゃんが恵まれますように♪
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手術から一週間後。
まさに 一週間前に手術をしたその時間 私は 極楽気分に酔っていた。(笑)
24×7時間前 私は全身麻酔で手術を受けていたというのに な、な、なーんと
アロマテラピーを受けていた!!
病院内のデラックスなお部屋で アロマオイルの香りに包まれ 上半身をほぐしてもらっちゃった。
もちろん有料ではあるけれど とても良心的なお値段。
アロマの施術は 経験豊かなもと看護婦さんなので、術後でも ものすごーく安心して受けられる。
とても暖かい言葉もかけて頂いて 心も体も癒されました。
病院って やっぱしんどいところやん。(お産にしてもね)
リラックスなんてそうそうできへん。 ベッドで寝ていて 体もコリコリ。
そこを アロマテラピー。
もう幸せ気分よ。
食事といい アロマといい 患者さんをとても大事にしてくれる病院なのでありました。
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ジュンちゃんが退院してしまったので ロンリーになったえんちゃん。
気楽だけど 一人じゃぁ ご飯も楽しくない。
娘の発熱でダンナも来ないし 休日に完全ロンリー。
本を持ってきたけど 活字が追えない。
ミュージカルの台本も持ってきたけど セリフが頭の中を素通り。
音楽も歌詞入りはしんどい。
元気になってきたとはいえ、まだまだ術後で体がしんどい証拠だ。
手術は開腹と同じことを服空鏡でやってるのだから まだムリなんやね。 寝ておかなくては。
なーんて 朝食後寝てしまって 起きたらお昼ご飯やって さすがに食べられなくて(当たり前じゃ)
午後 ひとりで散歩に出た。
病院の外は すごい花見の観光客で疲れるので ほんのちょっとだけ。
頭を使わずに サラーッと見れる本がないかなぁ と思っていたら
あった!
リフォームの本!!
リフォーム会社のスポンサー付だから 安価で しかも 付録付き。 やったぜ!
夜 そのリフォームの本を見ていたら
あ! ○○さんや!!
なんと 同僚がその本に登場していた。 他のスタッフと違って オシャレな奥様だと
思っていたら そーか こんなステキなお家の人やったんやぁ。
と ひとりで思っていたら はやく帰りたくなってしまいました。
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ジュンちゃんが退院して二日後、新しい人がやってきました。
新しい・・・と言っても えんちゃんと同じ日に手術をした人で ずっと個室におられたそうな。
アッちゃん(仮名)は20代後半くらいのお嬢さんで、お話しの様子から お嬢様でした。
お腹を見たらわかるくらい(出っ張っている)の筋腫で ずいぶんと大変だったよう。
出血も多くて かなりの貧血。(予め用意していた自己血液を輸血)
でも、とっても元気で お母様とお食事に出かけたり 何度も外出されていて。
お母様も いつも笑顔で優しくて 同室のえんちゃんに迷惑をかけないように さりげなく
気を遣ってくれていて。
いいなぁ〜〜〜〜〜〜。 いいなぁ〜〜〜〜〜。
と 思って見ていたえんちゃんは その間 ひとりぽっちで しかも 着たきりスズメだ。(笑)
(注 下着は毎日着替えられたよ・・・)
いっぺん、病院の近くの雑貨屋さんでパジャマを見たんやけど
あと、2〜3日で退院できるかもなのに、一番安くて4900円のパジャマはもったいなくて買えなかった。(苦笑)
だって 家には1000円とか1980円(汗)で買って置いたパジャマがいっぱいあるねんもーん。
アッちゃんは個室で優雅に過ごしていたけれど お友達も社会人やし 毎日友達が来てくれるワケではなく
とにかくひとりで過ごすのが淋しかったんやて。
まぁ 元気にしゃべって よく眠りはります。
「アッちゃん あのね、 ワタシ あなたよりも あなたのお母さんとの方が うーーんと年が近いのよ」(笑)
えぇ〜〜〜!? うそぉ? 信じられな〜〜い!!
って アッちゃんは言うけれど 退院の日 あきらかに 年齢の差が出ました。
2週間もお化粧してなかったから 肌の状態が良くなって お化粧のノリがいいわぁ〜 と アッちゃん。
2週間の間にすっかりやつれて お化粧が顔にくっつかな〜〜い と えんちゃん。(爆)
もう ホントに いやですわ。
笑顔で退院していったアッちゃん。 その2時間後 えんちゃんも いよいよ退院です。
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そーいえば、入院中に ナースコールを押すことがなかった。
それだけ順調に回復してるってことなんだろうけど
逆に 看護士さんが タイミング良く来てくれていて 手厚く&とっても気をかけてくれていたからだと思う。
伊藤病院のHPの「ふでばこ」に書いてあることに感動した私だけど
書かれてあること全てが実行されていることに もっと感動した。
本にかかれていることは よく過大広告だったりするけれど、それがない。 どころか もっと素晴らしい。
子宮内膜症は 生死にほとんど影響がないけれど 案外難儀なモノで
もう何年も何年もそれに悩まされ 最後の手段(全部取ってしまう)を 伊藤病院でできて良かったなぁ。
娘の高校の入学式の日 伊藤病院の前を通った。
あ。 ここか。 凄腕の先生がいるところ。。。 その時はまだ術後一年やったけど
もしも もう一度することになったら ここに来てみよう。 と 思ったのがその通りになった。
偶然は必然。 娘が洛北高校に決まったのも 私にとって大事なことだったのかな。
伊藤病院での最後のランチ。
これを食べながら えんちゃんは思ったのだ。
「あぁ〜〜 今夜の晩ご飯 何にしよう・・・」 主婦は悲しい。
上げ膳据え膳の美味しいお食事 ご馳走様でした。
メニュー表に載っていた 数日後のカルボナーラが気になりつつ退院です。(笑)
ダンナが迎えに来た。 娘も来た。 病院近くのチーズケーキを食べようという魂胆だ。
伊藤病院の皆様 お世話になりました。 本当にどうもありがとうございました。
と 帰りかけたら 手術の時の看護婦さんが ダッシュで追いかけてきた。
「えんちゃんさん!! 検査の結果 今届きましたよーーーっ!! 大丈夫でしたぁ!!」
おぉおぉ!! あの 卵巣ちゃん? みたいな怪しいブツは 悪性ではなかったのか。
良かったぁ!! 最後に嬉しいお土産やわ。
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とってもスッキリ元気になったので 腹空鏡はスバラシイ!! と思われるでしょうけど
開腹の方がいい場合も多いし 腹空鏡では無理な場合もあります。
そのへんは ご承知下さいね。
開腹でも すぐに元気になる人は 大勢いらっしゃいますよ〜。